古陶軒
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東洋美術 陶磁関連資料 美術館リンク  

 

 

 

 

 階級窯(かいきゅうよう)


中国の窯の一形式。階梯窯ともいわれる。山の斜面を利用して築かれる窯で、いくつもの焼成室が設けられる。熱効率をうまく利用し還元焔も利用しやすいことかが利点とされ、福建省の徳化窯にはじまり現在でも用いられている。
 

 灰釉 (かいゆう)


草木などの灰を溶媒とした釉薬。鉛釉などに比べ高火度の1250度以上にて珪酸が融解する。高火度で焼成される窯では自然と灰が器に降りかかり、器表に釉があれわれることがある。これを自然釉と呼ぶ。その起原は古く中国・殷(商),西周代には人工的に施釉が行われていた。
 

 掻落 (かきおとし)


陶磁器の加飾法の一種。文様をあらわすのに筆を用いず、素地に化粧土・鉄絵具・釉薬を施した後、その表面をへらなどによって削り落とすことで表現する。中国・磁州窯,河南天目にてよく用いられた。牡丹・龍・唐草などが描かれることが多い。
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 柿釉 (かきゆう)


鉄を呈色剤として用いた釉薬の一つ。鉄分の含有率は10〜13%程度で、釉自体は黒色であるが、表面が極めて細かい赤褐色の被膜で覆われている。この色調が柿色を呈することから柿釉を呼ばれる。中国北宋・金代に磁州窯をはじめ華北の諸窯でつくられ、特に定窯のものは名高い。
 

 河南天目 (かなんてんもく)


中国、宋代に河南省を中心として焼かれた天目。漆黒の釉表に茶色の斑文を散らした鷓鴣斑と呼ばれる斑文を施したものが多く、その他意匠は多岐に渡る。器形は鉢・瓶・壷・合子などがみられる。
 

 唐津 (からつ)


肥前国(佐賀・長崎)にて、つくられた陶器の総称。室町期からはじまり、文禄・慶長の役の後に渡来した陶工によって多くの窯が築かれ、元和(1615〜1624)頃に最盛期を迎える。朝鮮の影響を強く受けており、鉄で自由奔放な文様を描き、素朴で重厚な作品が特徴である。その種類は多く米量,根抜,瀬戸唐津,斑唐津,朝鮮唐津,蛇蝎唐津,三島唐津,奥高麗,絵唐津,献上唐津,火計,掘出唐津など非常に多彩である。
 

 還元焔 (かんげんえん)


炭素が多く、酸素が不足した状態の焔。焼成時に窯内に送り込まれる空気を制限することで、酸素が不足し、素地や釉薬に含まれる金属物質は還元性の化学変化を引き起こす。この作用を利用し、青磁・影青の青色,釉裏紅・郎窯系といった鮮紅色など発色させる。
 

 貫入(かんにゅう)


陶磁器の釉に生じるヒビ割れのこと。焼成後、温度変化により素地と釉薬の収縮率の違いから、釉に亀裂が生じるために起こる。その文様を魚子文,牛毛文,柳葉文,蟹爪文,梅花片文などと呼び、鑑賞の対象とする。
 

 黄瀬戸 (きぜと)


桃山期に美濃で、志野,織部とともに焼かれた黄釉の陶器。大別して「ぐいのみ手」「あやめ(あぶらげ)手」「菊皿手」の3種類が上げられる。「ぐいのみ手」は、釉が透明で光沢があり、利休所持立鼓花入はその代表である。「あやめ(あぶらげ)手」は、胎体が比較的薄く釉は半透明・半光沢、明るい黄色で温かみのある質感をもつ。胆礬(銅緑釉)や鉄釉を点じ、素朴な線刻文が施される。黄瀬戸のなかでも優品が多い。「菊皿手」の釉は透明で光沢のある黄色で、銅緑釉と混じり独特の美しさをかもし出す。
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 吉州窯 (きっしゅうよう)


中国、江西省吉安市永和鎮にあった古窯。唐末・五代頃には、白磁・青磁・天目を産していたらしいが、宋代に吉安天目(あるいは玳皮盞)と呼ばれる天目を焼くことで発展する。この天目は黒釉の上に失透釉を施した鼈甲に似たもので、型紙を用いることにより、梅花天目・鸞天目・文字天目をつくり、木の葉を使った木の葉天目は有名である。宋末から鉄絵の磁器などをつくるが、明代には衰退していく。
 

 砧青磁 (きぬたせいじ)


中国・南宋代に龍泉窯にて焼かれた良質の青磁。その語源は、ある鯱耳の花生にヒビがあり、これを砧を打つ響きに因んで利休が名付けたとする説、東山慈照院にあった花生の形が絹を打つ砧に似ていたという説などがある。 素地は灰白色で、釉肌は粉青色を呼ばれる鮮やかな青緑色をなし、厚く掛けられている。器形は砧形,下蕪,鳳凰耳,鯱耳,浮牡丹,瓢形といった花生や袴腰,千鳥,竹節などの香炉、鉢では鎬,双魚など、酒会壷、輪花茶碗などその意匠は様々である。南宋末期より天龍寺青磁へと移行していく。
 

 玉壷春 (ぎょうこしゅん)


下ぶくれした洋梨形の胴から細長く締まった首が伸びる。徳利とも呼ばれる。主に液体(酒・油・酢など)を貯えるために用いられた。
 

 鉅鹿 (きょろく)


中国・河南省南部の町名。1920年井戸を掘ったところ多くの陶片が出土。天津博物館の調査から、1108年(大観二年)に障河の氾濫により、町が黄土の下に埋没していたことが判明した。出土した陶器は北宋・大観二年以前であることは明確であり、宋代陶磁の研究に大きな発展をもたらした。出土品は磁州窯系の陶器であり、中でも白無地の白釉陶が多かったことから、これらを鉅鹿手と称するようになった。
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 銀化 (ぎんか)


陶器またはガラスの表面が変質し虹色に輝く現象。中国・漢代の緑釉陶器やペルシア陶器,ローマ・ガラスなどに多く見られる。釉もしくはガラスが土中にて長い間風化されることで、その表面が薄膜状に層が生じ、外光を屈折させるためそのように見える。鉛釉・鉛ガラスのみならずアルカリ性の釉やソーダガラスでも生じることがある。
 

 錦窯 (きんかま)


上絵付に用いる小型の窯のこと。円筒形で外窯と内窯をもつ構造となり、焔が直接かからないよう器を内側に詰め、そのまわりを薪などの燃料で囲み700〜800度で焼成する。
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 鈞窯 (きんよう)


中国・宋代の河南省禹県を中心とした名窯。この禹県を明初に鈞州といっていたことから鈞窯の名が付いた。釉肌の青みは鉄分によるもので、釉薬に藁灰を混ぜることで珪酸が増し、失透性を帯びた一種の青磁釉と考えられる。白濁失透釉が厚く掛かったものを月白釉、釉裏に酸化銅を施して一面に紅色を呈したものを紅紫釉、月白釉に銅呈色の不規則な紅紫の斑文があらわれたものを月白紅斑といっている。盤・花盆のなかには極めて精巧な作りで、底裏に一、二などの数字が印されている。元代に入ると、その作風は大胆になり色調も宋代のものに比べ濃いものが多い。
 

 金襴手 (きんらんで)


明・嘉靖(1522〜66)頃、景徳鎮窯でつくられた五彩の磁器の上に金彩を施したもの。赤絵の上に金彩を施されたものを赤絵金襴手といい、その他緑地金襴手,黄地金襴手,白地金襴手,瑠璃金襴手,染付金襴手,三彩金襴手などがある。器形は碗・鉢・盃・香炉・瓢形・仙盞瓶などがあり、日本の伝世品に多くの優品が伝わっている。幕末以降に九谷焼や京焼で盛んに模倣された。
 

 建盞 (けんさん)


中国、建窯にてつくられた天目茶碗。素地は鉄分を含み、高台部分を除いて全面に黒釉が施される。器形はすり鉢状をなし、口縁をひねり返してあるのが特徴。その釉の変化によって曜変天目・油滴天目・禾目天目などと呼ばれ、作風は異なるが灰被天目・黄天目も建盞に属する。
 

 鶏龍山 (けいりゅうざん)


朝鮮・李朝初期、忠清南道公州郡に近い鶏龍山に点在した陶窯。素地は鉄分が多く鼠色で粗いため白土を掛けて下地を作るが、その際白土節約のために刷毛塗りを用いた。この白土の上に鉄砂で簡素な絵を描いたものが多く、絵刷毛目などと呼ばれる。三島・刷毛目・彫三島・黒釉・白磁なども焼いた。
 

 建窯 (けんよう)


中国、福建省建陽県水吉鎮他、一帯に広がる窯場。北宋から元にかけて、日本において建盞と呼ばれる黒釉の施された天目茶碗をつくった。天目に用いられる黒釉は鉄分を多く含むために窯変が起こり、禾目天目・油滴天目・曜変天目がうまれた。明代に入ると牙白釉の掛かった白磁もつくるようになる。
 

 合子 (ごうす)


蓋がついた小さな容器のこと、盒子あるいは盒ともいい、納めるものにより香合・油盒・薬盒・印朱盒などと呼ばれる。
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 郊壇窯 (こうだんよう)


中国・南宋時代の官窯。窯跡は杭州の南、鳥亀山の麓にあり、その山頂に郊壇(天壇)があったことから郊壇下官窯、また修内寺窯の廃止後に設けられたため新官窯とも呼ばれる。青磁を焼いており、素地は鉄分が多く含まれるために黒灰色を呈し、極めて精巧につくられ薄手である。釉は失透性の粉青色釉で鮮やかな青翠色をし、厚く掛けられた一面に貫入が生じて美しい景観をなしている。器形は碗・盤・壷・香炉などがあり、東京国立博物館(横河コレクション)の輪花鉢が有名
 

 高麗青磁 (こうらいせいじ)


朝鮮、高麗期につくられた青磁の総称。中国、五代の越州窯,宋代の北方青磁や龍泉窯と移行する中、その影響を強く受けつつ朝鮮独自の技法を生み出した。器面に文様を削り出し、その溝に白・赤土をはめ込んで翠青色の青磁釉を施して焼成する。末期には、鉄砂あるいは辰砂を用いたものがあらわれるが、時代とともに姿を消し、三島へと転化していく。
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 古月軒 (こげつけん)


中国・清朝初期に景徳鎮窯でつくられた極めて細緻な粉彩磁器。非常に丁寧につくられる。素地は純白で緻密な絵付けが施され、詩句が記されている。花瓶・皿・鉢がつくられ、大きさはあまりない。底裏には二重方郭内に「乾隆年製」「雍正年製」といった四字款あるいは「大清乾隆年製」の六字款が入る。遺品はとても少ない。
 

 呉須 (ごす)


酸化コバルトを主成分をする青花に用いられる顔料のこと。中国では青料という。その青色調は、還元焔により青藍色・青紫色を呈し、酸化させると黒味を帯びる。素地・釉薬に含まれる鉄,マンガン,亜鉛,銅,ニッケルなどのわずかな化合物によっても大きな影響を受ける。元・明初の青花には蘇麻離青と呼ばれる青料が用いられたが、中期に入り輸入が途絶えたため、土青といわれる中国産の黒ずんだ青料が使われるようになった。正徳年間からは、明るい青藍色の回青が新たに輸入されるようになり、これが嘉靖,隆慶,萬暦の青花に主として使われることとなる。※地名をあらわすこともある
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 呉須赤絵 (ごすあかえ)


焼き物としての呉須という名称は、現在の中国福建省から広東省にかけて生産された と思われる明中期以降の半磁器のことで、英語では“swatow ware”と呼ばれ 広東省仏頭(スワトウ)港から積出されたとされるが、呉須または呉洲の呼称の 語源は不明である。呉須は本来、染付(青花)顔料のコバルトの意味で焼物の呉須とは 区別される。仏頭を輸出港とするこれらの焼物は、日本をはじめ東南アジア,中近東, ヨーロッパにまで送られ、明末・清初に景徳鎮で受注生産された古染付,祥瑞などに むしろ先んじて日本へ渡来し、茶陶としての用途に重宝された。器種は鉢,皿が多く、 染付,瑠璃,柿釉,白釉,五彩などがある。五彩のものを呉須赤絵と呼び、その華やかさ もからわが国では古来人気が高く、茶人の珍重するところである。
 

 古染付 (こそめつけ)


明代末期の天啓(1621〜27)頃、日本への輸出品としてつくられた染付の一群。厚手で粗略なつくりながら親しみやすく心なごむ作品が多い・高台には砂つぶが付着している。釉の透明度は低く、筆致は軽い。茶器としての評価が高く、ほぼ日本のみに遺品が伝わっている。
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 粉引 (こひき)


粉吹ともいう。鉄分を多く含んだ胎土に白泥を一面に化粧掛けするが、その白泥が粗いため、表面が粉を引いたようにみえることから粉引と呼ばれる。その器形は口縁が反っているものが多く、火間が現れていることもある。
 
       

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