絵画・立体
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絵画・立体



1944年(昭和19年)
2月27日、東京都滝野川区にて美術史家小杉一雄、加代子の次男として生まれる

1956年(昭和31年)
東京都新宿区牛込第一中学校入学

1962年(昭和37年)
工業デザイナーの小杉二郎の影響を受けて、日本大学芸術学部工業デザイン科に進学

1966年(昭和41年)

大学よりも叔父のデザイン事務所に通い、車の製作のため横浜マツダに通った。この頃、加賀豊彦に傾倒し、目白教会で洗礼を受ける

1968年(昭和43年)

再び画家を志し、油彩画の制作を始める。この頃中川一政の知遇を得、永福町のアトリエに通う

1970年(昭和45年)

中川一政に随い渡仏。巴里はモンパルナスのホテルレグロンに泊まり、一週間後にはブルターニュのコンカルノの村外れに一軒家を借りて制作していた。この時、長谷川潔の知遇を得る。
一度日本に戻り、冬に再び渡仏してグラン・ド・シュミエール研究所に通う

1971年(昭和46年)
サロン・ドートンヌに「静物」を出品。以後毎年出品。フランス上院議員における青年画家特別選抜展にサロン・ドートンヌより推奨された

1974年(昭和49年)

銀座・彩壷堂にて個展開催。「三本の瓶」「二つの瓶の静物」「アコーディオンとパイプ」「魔法使いとローソク立て」など20余点を出品。岡鹿之助が今泉篤男と一緒に見に来てくれた。
こうして30歳の時初めての個展を開いて以来、二年ごとに個展を開く

1975年(昭和50年)

第18代安井賞展(西武美術館)に「僧院の窓の静物」を出品、入選
この時初めて安井賞展に出品してから発表の度に出品を続け、2回賞候補にノミネートされたが、ここ数年出品はしていない
サロン・デ・アルティスト・フランセに「静物」を出品、銅賞受賞
第14回国際形象展(日本橋・三越)に「マネキンのある静物」を招待出品、以後毎年出品

1976年(昭和51年)
東京セントラル美術館にて個展開催。「P氏の室内」「太鼓と瓶の静物」「コンカルノの浜辺」など40余点を出品。
この年パリから45キロ離れたサン・レミの農家をアトリエがわりに仕事をはじめる

1978年(昭和53年)

東京セントラル・アネックス、名古屋・丸栄にて個展開催。「窓辺のヴィオロン」「サン・レミの野花」「卓上の静物」など50余点を出品
フランスでは特にブルターニュを好んで旅行した。南仏は光が合わず、苦手だった。

1980年(昭和55年)

東京セントラル・アネックスにて個展開催。「屋根裏のアルルカン」「窓辺の椅子」「ジャコブのアンティック」など50余点を出品
一作でも絵ができると岩田栄吉に絵を見ていただいていた。一緒にルーブル美術館に行ったり画廊に行ったりすることが楽しみの一つだった

1981年(昭和56年)

東京セントラル美術館油絵大賞展に「帽子とドミノ」を招待出品し、佳作賞を受賞。
サロン・デ・ボザールに「静物」出品、フラマン賞を受賞。
サロン・デ・ボザールはフランスのサロンの中でも権威のあるサロンなので、この会の受賞はうれしかった

1982年(昭和57年)

東京セントラル絵画館、名古屋・丸栄にて、個展開催。「人形のあるオブジェ」「窓辺のアルルカン」「ジャコブ通り」など40余点を出品
日本テレビ「美の美」に出演
初めての画集が講談社より刊行される。大変うれしく思ったが、すでに一回目の作品がどこにいっているかわからず、集めるのに苦労した

1984年(昭和59年)

第1回日本青年画家展(日本橋・三越)に「卓上の一人芝居」を出品し、優秀賞を受賞。
この頃から年2回くらいは帰国するようになった。やはり日本に着くとほっとした気持ちになる

1986年(昭和61年)

第3回日本青年画家展(日本橋・三越)に「卓上の一人芝居」を出品し、優秀賞を受賞。
講談社より「静物画技法シリーズ」刊行。
東京セントラル絵画館、名古屋・丸栄にて、個展開催。「少年の部屋」「静物・巴里祭前夜'86」「卓上のバイオリン」など30余点を出品。
求龍堂より「小杉小二郎画集」刊行

1987年(昭和62年)

第9回秀作美術展(日本橋・高島屋)に「巴里祭前夜」を出品。
朝日新聞社連載小説。三浦朱門「ささやかな不仕合わせ」のさし絵を半年担当する。毎日描き、毎日それが印刷されてくる緊張と楽しさを味わう。
求龍堂よりデッサン集「ささやかな不仕合わせ」刊行。
日本橋・三越でデッサン展(朝日新聞社主催)を開催

1988年(昭和63年)

東京セントラル絵画館、大阪・梅田近代美術館にて個展を開催。
第31回安井賞展(西武美術館)に「巴里祭前夜」を出品、賞候補となる。
ここ数年、絵人形を卓上に置いた「巴里祭前夜」シリーズを始める。日本への帰国が増え、年3、4回となり始めた。友人達と、フランスと日本をつなぐグループ展「巴東会」を結成。この会は大いなる励みとなる

1989年(平成元年)

前田寛治大賞展(倉吉市立美術館)に「回想A」を出品、佳作賞を受賞。
リトグラフ「巴里の花と果物」刊行。
テレビ朝日「美に生きる」に出演。
東京梅田画廊で個展を開催

1990年(平成2年)

現美展(東京美術倶楽部)に「壜と静物」を出品。
国際花と緑の博覧会に「サン・レミの野の花」出品。
伊豆高原に小堀酒造の好意でアトリエを建てる。庭にフランスと同じ植物ダリア、三色すみれ、リラ、ミモザなどを植えた

1991年(平成3年)

有楽町アート・フォーラムにて小杉小二郎展(朝日新聞社主催)を開催。静岡、名古屋を巡回。
求龍堂より画集「小杉小二郎」刊行

1992年(平成4年)

「タカシマヤ文化基金」第2回新鋭作家奨励賞受賞。
日本経済新聞社より「日経ポケットギャラリー小杉小二郎」刊行

1993年(平成5年)

八象会(日本橋三越)に参加。
小林画廊にてコラージュによる作品展を開催。
この頃から、古い紙、布の切れ端などを集めだす

1994年(平成6年)

中島千波・小杉小二郎二人展(東京松坂屋・名古屋松坂屋)に出品。
秀作美術展に「回想」を出品。
ニューヨークに滞在し、カレンダーを制作

1995年(平成7年)

ほおづえ会(脇田和・宮崎進・住吉弘人・鈴木治雄・沼田早苗)に立体を出品

1996年(平成8年)

NHK教育「連画−アトリエを飛び出した画家たち」が放送される。
彌生画廊にて個展を開催

1997年(平成9年)

相模屋美術店にて森田りえ子・小杉小二郎二人展を開催。
彌生画廊にてコラージュ展を開催。
NHK「土曜日の朝−パリ・郷愁の風景」に出演

1998年(平成10年)

父・一雄(早稲田大学名誉教授)が急性肺炎のため死去。
東美特別展・彌生画廊にて岩彩展を開催

1999年(平成11年)

NHK「新・日曜美術館−セザンヌを訪ねて」に出演。
彌生画廊にて個展を開催

2000年(平成12年)

フランス、サン・レミのアトリエを立ち退く。
日本経済新聞の連載小説「発熱」の挿絵を描く

2001年(平成13年)

「銀座百景」の表紙絵を脇田和に代わって担当。
東美特別展・彌生画廊にて聖書物語展を開催。
NHKラジオ「素敵なあなた」に出演

2002年(平成14年)

致道博物館にて「小杉小二郎の世界展」を開催

2003年(平成15年)

週刊朝日の堺谷太一エッセイ「時の正夢」の挿絵を描く。
東美アートフェアにて版画集「聖書物語」展を開催

2004年(平成16年)

パリのアトリエを12区に移転。
東美特別展にて「小杉小二郎展−聖書物語−」を開催

2005年(平成17年)

日本経済新聞社より「小杉小二郎作品集」が刊行。
アートフェア東京にて新作展を開催。
日経新聞社主催により「巴里 穏やかに時は流れ 小杉小二郎展」を開催。東京・名古屋・京都を巡回

2006年(平成18年)

第29回損保ジャパン東郷青児美術館大賞を受賞。
東美アートフェアにて「小杉小二郎展−『絵のない絵本』の世界−」を開催。
小杉放菴記念日光美術館、諏訪市美術館、小川美術館にて小杉小二郎展を巡回

2007年(平成19年)

東美特別展にて「小杉小二郎−聖書物語−」を開催。
近鉄百貨店七十周年記念として「小杉小二郎展」を開催

2008年(平成20年)
小川美術館にて「小杉小二郎展」を開催