ペインティングナイフ

もう四十年近く使い続けている二本のペインティングナイフがあります。たまたま小学四年生の頃から手元にあり、そのままなんとなくずっと使い続けているだけなのです。
ペインティングナイフとは、どのように使うものなのでしょうか。使い道はだいたい三つあります。まずはパレットの上で絵の具を練り合わせるために使います。絵の具どうしを混ぜたり、オイルを馴染ませたりするために、パレットの上で練り込み、絵の具の状態を整えていきます。二つ目は、絵の具をキャンバスの上にのせるために使います。筆とはまた違う質感やフラットな面をつくることができます。そして三つ目はパレットの掃除です。残った絵の具をきれいにかき集め、それをティッシュやボロ布で拭き取ってきれいにします。しかし私は捨てるのがもったいないと思ってしまいます。かき集めた絵の具を混ぜ合わせると、いつもどんよりとしたグレーになります。それを次のキャンバスの下地として塗っておくのです。そうすると、あとから重ねる色がしっくりきたりします。あくまでもこれは私の話ですが、自分の色にたどり着くには、どうしても何層か色を塗り重ねて下地をつくる必要があるのです。
あるとき、パレットの脇に無造作に置いてあったその古びた道具に、知人が、ふと目を留めて尋ねてきました。
「これ、いったいなに?」
美術とは違う世界で生きる人にとって、長年使われたペインティングナイフは奇妙なガラクタのように映るらしいのです。「絵描きの道具ですよ」と答えながら、絵筆を握らない人たちはこのボロボロの刃を見てどんなことを想像するのだろうかと、ちょっと気恥ずかしくも感じました。
長く使っている道具にはさぞやドラマチックな物語があるように映るらしく、「刃が半分くらいに削れて短くなっているのでは」と思われますが、実際の刃は、せいぜい一、二ミリ短くなっているかどうかで、変わるのは長さではなく厚さです。キャンバスやパレットと何十年もこすれ合ううちに、刃先がすり減って薄くなり、うっかり指に当てると切れてしまうほどの鋭さになってしまったのです。海外に持ち歩いたことはありませんが、空港の手荷物検査があったら間違いなく凶器として引っかかるでしょう。以前、パリの蚤の市で買ったアンティークのフォークを、シャルル・ド・ゴール空港で没収された苦い経験があるからです。この尖った刃がそのまま通るはずもありません。
では、もしこのペインティングナイフが突然折れてしまったりしたら、思い通りに絵が描けなくなるのでしょうか。「新しいものに替えても、すぐに絵が描けるのか」と問われれば、答えはズバリ「たぶん平気」です。特別な思い入れがあって執着しているわけではなく、結果的にずっと手元に残ってきたというだけの話だからです。
ただ、新品と長年使い込んだものの間には、ひとつだけはっきりとした違いがあります。新品のナイフは金属が厚くて硬いけれど、何十年も使って薄くなったこのナイフには、独特のしなりがあるのです。この頼りないような絶妙な弾力こそが、今の私の絵の表情を支えてくれている要素の一つであることは確かです。
日本ハムファイターズの監督で元プロ野球選手の新庄剛志さんが、プロ入り後に買った七千五百円のグローブを十七年間も使い続けたという話を聞いたことがあります。「これが駄目になったらプロを辞めよう」と決め、引退後にはそのグローブが父親の棺に納められたというのです。そういう一途な生きざまを聞くと、なんだか憧れてしまいます。
夜寝る前、このナイフをしみじみ眺めてウィスキーを飲むような風雅な真似をしたことは、もちろん一度もありません。けれど、こうして文章にしてみると、長く共に歩んできた古い靴のようなものかもしれないなと思います。
四十年という歳月は、道具の姿を少し変え、その性能をちょっとだけ尖らせてくれました。私は今日も、その薄くなったナイフを手にして、淡々とキャンバスと向かい合っています。
―藤田勇哉
