中国青銅器とは
古代中国では紀元前21世紀頃には既に青銅器文明が存在し、その後鉄器と入れ替わる戦国時代までの数百年にわたり、時代ごとの背景を映した形・文様・銘文が育まれていきました。中国青銅器はほかに類を見ない圧倒的な存在感を放ち、祭器・礼器としての役割を十分に果たしていたことが容易に想像されます。プリミティブな造形と繊細な技巧が調和したその姿は、数千年の歳月を経てなお、人類が生み出した最高峰の美術品の一つとして評価されています。
時代背景
中国青銅器の器形・文様・銘文には、いずれもその時代の政治的背景が色濃く反映されています。殷(商)代の青銅器は祭祀の道具として、続く西周代では礼器あるいは楽器として用いられました。殷代の青銅器文化を代表する遺跡としては、河南省安陽市の殷墟が知られ、多数の祭祀用青銅器や甲骨文が出土しています。西周代に入ると、青銅器は宗族の権威や身分秩序を示す礼制の道具としての性格を強め、儀礼の場で用いられる楽器としての鐘や鎛(はく)なども発展しました。
器形
青銅器の用途は時代とともに移り変わり、それぞれの用途に適したかたちへと変化していきました。酒を温めて注ぐための爵(しゃく)・觚(こ)、食物を盛る鼎(てい)・簋(き)、酒を貯える尊(そん)・壺(こ)、水を注ぐための盉(か)など、神を連想させる祭祀用のものから実用的なものまで、多彩な器形が生み出されました。これらの器形は、のちの陶磁器の造形にも大きな影響を与えています。
銘文
銘文は中国青銅器の大きな特徴であり、他の文化圏の青銅器にはほとんど見られない相違点です。殷代中頃から鋳込まれるようになったこの銘文は「金文」と呼ばれ、甲骨文とともに漢字の初期の姿を今に伝える貴重な資料となっています。銘文には氏族を示す徽号(きごう)や、祭祀・褒賞・戦功などの記録が刻まれ、当時の社会や歴史を知るうえで重要な手掛かりとなっています。
- 東京国立博物館
- 京都国立博物館
- 奈良国立博物館
- 出光美術館
- 根津美術館
- 泉屋博古館
- 白鶴美術館
- 台東区書道博物館
- 『中国の銅器』中央公論美術出版、1967年
- 『中国古銅器』杉村勇造、出光興産、1966年
- 『中国・美の名宝① 鬼神の礼楽―青銅器の世界』上海人民美術出版社、1991年
