大理石のパレット

油絵を描くとき、一般的に思い浮かべるのは木製のものか、あるいは使い捨ての紙パレットかもしれません。私のアトリエでいつも活躍しているのは、厚さ約一センチの大理石のパレットです。このずっしりとした道具について、お話ししてみたいと思います。
もともとは片付けが簡単な使い捨ての紙パレットを使っていました。ただ、あまりに便利すぎて、なんだか大切なものを取りこぼしているような、そんな手持ちぶさたな気分になったのがきっかけでした。その後、木製のパレットを経て、古来の画家たちが大理石をパレット代わりにしていたと知り、なんとなく使い始めてみました。レオナルド・ダ・ヴィンチやフェルメールといった巨匠たちの足跡をなぞるように、まずは形から入ってみたというわけです。効率ばかりが求められる世の中で、あえて古いやり方をしてみる。自分の手で絵を描くというアナログな道を歩む私にとっては、それはごく自然なことに思えました。
紙、木、そして大理石。この三つを比べてみると、あくまで個人的な感覚ですが、ペインティングナイフで絵の具を練る心地よさは、大理石が一番です。硬い石の平面に対して、柔らかい絵の具が吸いつくように押し付けられていく、あの何ともいえない手応えがあります。これがあるからこそ、この冷たい石を手放せずにいます。
では、実際に日々使っていてどうなのか。「冷たい石の上で、絵の具がすぐに固まったりしないのですか?」と聞かれたことがありますが、油絵の具はすぐには固まりません。ただ、紙や木と違って一年中ひんやりとしているので、絵の具のねっとりとした質感が少しキュッと引き締まるような手応えがあります。もちろん、戸外で絵を描くなら圧倒的に軽い木のパレットに軍配が上がります。けれども、アトリエのキャビネットの上にしっかりと据え置いて使う私にとっては、その重さがネックになることはありません。屋外で絵を描くときは、スケッチブックに鉛筆やペンで描くことが多いです。
「大理石の表面がナイフで削れて、傷だらけになりませんか?」と展覧会の会場などで聞かれることもあります。これに関しては、ナイフをパレットに対して平行に、なるべく寝かせるように扱えば、木であれ石であれ余計な傷はつきません。道具をていねいに扱うという、ただそれだけの基本を守ればいいだけのことです。と言いたいところですが、実際には傷だらけです。傷だらけでも、平らであればぜんぜん支障はありません。
こうして毎日向き合っていると、ちょっとした楽しみもあります。絵の具をペインティングナイフで混ぜ合わせているときの音です。木のパレットが「カツカツ」と乾いた音を立てるのに対し、大理石は「キンキン」と金属質の高い音がします。その澄んだ響きが、しんと静まり返ったアトリエのなかに心地よいアクセントを添えてくれます。
使い始めた頃は、真っ白で美しい大理石が絵の具まみれになっていくのを見て、「もったいないな」なんて思ったりもしました。でも、長く使っているうちに、油絵の具の油分が石の小さな孔に少しずつ染み込んでいき、だんだんと落ち着いた色合いへと変化していきます。インテリアとしての装飾性を求めているわけではなく、あくまで「道具」として向き合っているからこそ、この変化もまったく気になりません。むしろ、一緒に過ごした時間が静かに刻まれていくようで、このごろでは何ともいえない愛おしさを覚えています。
―藤田勇哉
